冬の到来

この秋は寒暖の差が激しかったためか、木々の黄葉は、思わず立ち止まって眺めるほど美しいものとなりました。トロムソ島で黄葉した木々がまだ金色に輝いている頃、鯨島のダケカンバはとうに冬支度を終えており、森は茶色のわびしい姿に変わっていました。ダケカンバほど急がないナナカマドやカラマツは、茶色い森のなかで金色や鮮やかなオレンジ色の光を放っており、ほとんどがダケカンバであると思っていた森は、実は、多様な種類で構成されているということに気づきます。

 10月中旬になると冬は駆け足でやってきて、氷雨の降る寒い日が続き、雨が上がると、青い空に山の稜線が白く浮かび上がりました。落ち葉の間にまだ顔を見せている、ゴゼンタチバナの赤い実やコケモモの緑の葉が白い雪に縁どられ、湿原のぬかるみは霜と氷で歩くとしゃりしゃりと音をたてるようになりました。冬隣と思う間もなく、雪が降り始め、あっと言う間にスキーが履けるほど積もりました。どんどん短くなっていく日中には、シジュウカラやコガラの群れが餌を求めて枝から枝へと飛び回り、小鳥の食べこぼしをカケスが啄ばみにやってきます。

10月最後の週末には時間を一時間遅らせて、冬時間が始まります。日の出は8時、日の入りは15時となり、低くなった真昼の太陽は、あたりを夕方のような色で照らし出します。山の上はすっかり雪と氷の世界となりましたが、山肌はまだ所々白と黒のまだら模様です。バックカントリーにはもう少し雪が欲しいところですが、気の早いスキーヤーはすでにシーズン到来との勢いで山へ登っていきます。山はまた、里より少し長く太陽の光を浴びていられるところでもあります。極夜の時期まであと3週間、光のありがたみを実感する時期となりました。

晩秋

 今年は9月になっても日中は20℃近くになる日もあるなど、夏の余韻を十分に楽しむことが出来ました。秋の青空を背景に、樺の黄葉、ゴゼンタチバナの紅葉、まだ緑の葉を残したブルーベリーが森を鮮やかに彩り、時折、太陽の光が差し込むと、森全体が金色に浮かび上がります。色彩豊かな秋の森を、コケモモやキノコを探して歩くのはとても楽しいもので、摘み採った赤や青の実や色とりどりのキノコを持ち帰り、家の中で広げてみると、森の色彩が家の中に溢れるような豊かな気持ちになります。今年は収穫も好調で、マツタケも見つけることが出来ました。

 9月中旬になると夜半は氷点下となり、早朝にはあたりが霜で真っ白、冬が間近に迫っていることが実感されます。霜にあたったキノコやブルーベリーは急激に勢いをなくし、ダケカンバの黄色い葉は数日ですっかり落ちてしまいました。小鳥たちはわずかとなった虫を追いかけて葉の落ちた木々の間を飛び回り、家々では冬の暖を取るための薪が軒先に高く積まれるようになります。人や動物は冬の備えに忙しく立ち回り、木々は余分な枝葉を落として養分を根に集め、長い休息の準備に入ります。

 秋分の日を過ぎ、次第に夜が長くなってくると、気温はさらに下がり、満天の夜空にはっきりとオーロラが映るようになります。オーロラにまつわる伝説は、死者の魂に関連するものが多くあり、揺れ動く夜空の光を見ていると、遠く次元の超えた世界へと誘われる想いがし、ひと夏で終えるいのちや次の春に生まれ出るいのちが自然の中で一つに繋がっているような不思議に気持ちになります。

夏の思い出

 8月上旬になると立秋の名の通り、トロムソでは秋の気配が漂います。ゴゼンタチバナの赤い実が地面を彩り、トロムソ近辺の海岸沿いには、南下中のハイイロガンの群れが集まり、互いに鳴き交わす声が響きわたります。白夜もとうに終わり、日の入りには空は輝くバラ色から透き通るような群青色に変わります。光を好むキョクアジサシの多くは暗闇に包まれる夜を後に残して、すでに地球の南の端へと渡っていきました。この初夏に孵った水鳥の雛たちもすっかり大きくなり、親鳥たちはようやく一息ついた様子でゆったりと海風に吹かれています。忙しい夏が終わり、初秋の落ち着いた、薄ら寂しいような雰囲気があたりを満たします。

今年は気温が20℃を越える夏らしい日に恵まれました。毎年開催される‘10の山頂(10 på Topp)’と呼ばれるイベントに絡んで、トロムソ近辺の山々には親子連れから熟練登山者まで多くの人が訪れ、海辺では、泳ぐには冷たすぎる水にもかかわ らず、海水浴を楽しむ人々で賑わいました。紫外線の強い極地の真夏の太陽は、目を開けているのが辛いほど眩しく光り、山を登っているとひんやりと乾いた空 気のなかでさえ、背中はじっとりと汗で湿ります。谷を見下ろす高台にテントを張り、氷河時代から変わらぬ様相でじっと佇む山々に囲まれて一日を過ごしてい ると、太古の自然に溶け込んだような不思議な気持ちになります。この谷で生まれた多くのいのちと、去って行った多くのいのちをじっと静かに見つめてきた 山々はどんな気持ちであったろうと、しばし感慨にふけります。

北の短い夏は、いきものの短い一生を象徴しているようです。ひと夏で育つ鳥の雛、夏の数日だけ花を咲かせる植物、蓄えも持たず安全の保障もないまま旅する渡り鳥。明日を煩うでもなく、今ある時間を精一杯生きている自然のいきものにいのちの尊さを感じます。

白石山

白石山からトロムソ方向を望む
白石山からトロムソ方向を望む

 トロムソの夏は、ノルウェー沿岸を毎日航行する沿岸急行船をはじめ、世界各国のクルーズボートでやってくる観光客で賑わいます。街には観光バスが何台も連なり、ケーブルカーや高台のレストランも観光客でいっぱいとなります。

 しかし、人で賑わう街からわずか数十キロほど離れると、街の喧騒とはうってかわって静かに佇む自然があります。鯨島の白石林道を登って白石山へ行ってトロムソの方角を望むと、ちょうど街へと向かう沿岸急行船が島のあいだをゆっくりと航行していました。白石山ではまだ雪渓が残っており、ブルーベリーもようやく花をつけたところです。湿原や森ではすでに熟したブルーベリーの実を見かけるのとは対照的に、500mほどの標高差はそのまま気候差につながっていることがわかります。夏でも冷たい頂上付近の湖の水底には苔や藻がまったく見られず、透明で無機質な水辺に立つとまるで異世界にやって来たような気持ちになります。

西ノルウェー、ソグン地方

国道5号沿いの氷河
国道5号沿いの氷河

西ノルウェー、ソグン地方に行ってきました。氷河とフィヨルドで有名なこの地方では、国道を走っているだけでも目前に迫る氷河に圧倒させられます。ノルウェーの水は地方によらず良質で、水道水は販売されているペットボトルの水と何ら変わりがありません。中でもこの地方の水質の良さは有名で、Oldenとして知られるミネラルウォーターはこの地方のオルデル渓谷の水をそのままボトリングしたものです。

夏本番

ストラウムスブクタから眺めるベンツヨール岳
ストラウムスブクタから眺めるベンツヨール岳

夏至も過ぎ、日は少しづつ低くなっていきますが、、白夜はまだ続きます。ひと月ほどまえに花を咲かせていたブルーベリーには、実の原型である緑の粒ができ、コケモモやヒメシャクナゲも花をつけ始めました。シギ類の子育ても終わったようで、湿原では鳥たちの威嚇する声もあまり聞かれなくなりました。対岸の山裾が夕方の日を浴びて鮮やかな緑を映し出し、トロムソの象徴であるトロムソ谷岳の雪もほぼ解けきった様子です。夏も本番、トレッキングシーズンの到来です。

夏至の夜

庭に咲くゴゼンタチバナ
庭に咲くゴゼンタチバナ

 カモメの家族は、友人達が戻ってくるまでにはどこかへ引っ越したようで、少し寂しい気はするものの、少し離れたところから親鳥のけたたましい叫び声を耳にすると、静けさが戻った庭を見てほっとします。

 夏至の夜、久しぶりに自分の家に戻ってみると、森の緑が深くなっており庭一面にゴゼンタチバナが咲いていました。一年で太陽が一番高い日でしたが、あいにくの曇り空で、家の中で本を読むには電灯が必要なほどでした。外では夜中の2時を回っても小鳥たちが遠くから聞こえてくる谷川の水音を凌ぐ勢いで囀り、浜辺からはミヤコドリ、湿地からはサギの声が聞こえ、明るい夏の夜を賑わしていました。

カモメの襲撃

庭を占拠しているカモメの雛
庭を占拠しているカモメの雛

ひと月ほど前にはつがいで鳴き交わしていた鳥たちも巣作りを終え、ぴよぴよと雛の鳴き声が聞こえてくる季節となりました。たいていの鳥は人家から離れた浜辺や湿地で子育てを行いますが、カモメに限っては住宅地の屋根の上に巣をつくり、人家の庭で子育てをする大胆なものがいます。留守宅を預かっている友人宅が運悪くこのようなカモメに目をつけられ、庭はカモメの家族に占領されてしまいました。茶色の斑模様の産毛でよちよちと歩いている3羽の雛は微笑ましいものの、親鳥の強烈な威嚇には猫でも太刀打ちできず、人間でさえ舌を巻いてしまいます。親鳥の監視する庭では花に水をやることもできず、雛が育つまでは毎日土を湿らすほどの雨が降ってくれることを願うばかりです。

冬の傷跡

雪崩の起きたところではまだ雪が残っていた。
雪崩の起きたところではまだ雪が残っていた。

4月に起きた雪崩の跡を間近に見る機会がありました。鯨島の市街地からカットフィヨルドへ向かう道の途中で、雪崩のあと2週間ほど閉鎖されていた箇所です。カットフィヨルドに住んでいる友人は、雪崩の跡の光景は荒涼として悲惨であったが、今は周囲が緑になり生き返った感じがすると話していました。太い木の幹が途中から裂けており、雪崩の勢いを垣間見たように思いました。

初夏の訪れ

ピンク色のブルーベリーの花
ピンク色のブルーベリーの花

(注:日付が6月8日となっていますが、5月27日のものです)

連日の好天で植物が一気に勢い付いています。新芽が緑に色づいたかと思ったブルーベリーは、日当たりの良い斜面ではすでに花を咲かせ、湿地の枯草の間ではヒメシャクナゲの花のつぼみの鮮やかな淡紅色が目に留まります。バラの花のような形をしたゴゼンタチバナの葉がもこもこと地面から顔を出し始め、樺も葉と同時に花を咲かせているものもあります。巣に近づいたせいでしょうか、ミヤコドリがけたたましく鳴きながらトナカイの鼻先をかすめて飛び、カモメは草地や人家の屋根に作った巣に座ってゆったりと白夜の光を浴びています。今月始めにはまだ冬が終わっていなかったのが、月末には夏となり、極地の春はあっという間に過ぎてしまいました。

白夜の季節

トロムソには春がないと言われるくらい、この時期の自然は驚くほどの速さで移り変わります。気温がぐっと上がり、森や谷間の雪がみるみる解け、トロムソ地方では連日、雪解けによる増水注意報が出ています。雪が消えたあとには、雪の重みでぺったりと押し潰された落ち葉や枯草が現れ、冬の間地面が耐え忍んでいた力の大きさが思われます。その冬の重みは、今は轟々と流れる川の勢いへと変わり、森一帯にさわやかに響き渡るその音は、まるで海へ去っていく冬の別れの挨拶のようです。ナナカマドに続いて、ダケカンバも’ネズミの耳’と呼ばれる柔らかく粘り気のある若葉を出し始め、冬の間森に色を添えていたマツやトウヒの葉もこれまで以上に鮮やかな緑となりました。

芽吹き

ナナカマドの若葉
ナナカマドの若葉

真っ白に輝いていた山々も青味を帯びた山肌を見せ始め、黄色いヤマネコヤナギの花芽は満開、ダケカンバの枝先のふくらみも、遠目からはっきり見えるようになってきました。木々のなかで最初に若葉を出すのがナナカマドで、青い海と雪を頂いた山を背景に、日一日と葉を広げていきます。この地方の原住民であるサーメ人は季節を8つに分け、木々の若葉が萌え出すこの時期は’春夏’であり、自然がこれまで内側に蓄えていたエネルギーを外に向かって一気に放出する季節です。

移りゆく季節

浜辺のミヤコドリ
浜辺のミヤコドリ

5月の気候は慌ただしく、雪が解けたぬかるみには夕方氷が張り、強い日差しで汗ばむかと思うと山から吹き降ろす風に凍えたりと、一日のうち春と冬が行ったり来たりします。日向ではフキタンポポの他、イワミツバなどのセリ科の新芽が地面から顔を出し、日蔭では雪の間から去年摘み残されたブルーベリーの実が現れます。ハイイロガンも到来し、野原ではダイシャクシギが声高く囀り、浜辺にやって来たヨーロッパムナグロがミヤコドリやマガモの横をすまして歩いていきます。

岩の間でくつろぐライチョウ
岩の間でくつろぐライチョウ

空気はまだひんやりと冷たく、山は雪で真っ白、透けるような青い空とのコントラストが目に鮮やかに映ります。オジロワシが優雅に空高く舞い、冬毛のままのライチョウは雪原で気持ちよさそうに日を浴びてい ます。日差しの強さと明るさはすでに夏を思わせ、夜中の12時を回っても空は明るく晴れ渡っています。あと10日もすれば白夜の季節が始まります。

フキタンポポ

トロムソ島でみつけたフキタンポポ
トロムソ島でみつけたフキタンポポ

春一番に咲く、フキタンポポが姿を見せ始めました。薄汚れた雪の合間からのぞいた地面は、昨年の落ち葉や枯草で茶色く、春の瑞々しさよりもむしろ晩秋の物悲しさを思わせますが、フキタンポポの花は日の光を浴びて金色に輝き、生命を代表するかのようにその美しさと力強さを春の日差しの中に投げかけ、茶色い地面のまわりはふんわりと春の空気で満たされます。浜辺からのミヤコドリの声が森に響き、カモの姿も目に付くようになりました。鳥たちの多くは道端や電線、浜辺の石の上で2羽で仲良く佇み、極地では春本番となりました。

雪解け

雪の質がすっかり変わった湿原
雪の質がすっかり変わった湿原

雪の下から地面が見えはじめ、コケモモの緑色の葉が春の日差しを浴びています。あたりには雪がまだまだ残っていますが、空気は柔らかい土の匂いと小鳥のさえずりで満たされ、本格的な春の訪れを告げています。小川の流れは勢いを増し、湿原では灰緑色の水面が日に日に大きくなっていきます。真夜中の12時を回っても空は明るく、ひんやりと肌寒い夜中、フクロウやライチョウの声が澄んだ声があたりに響き渡ります。

水音

軒下から滴る雪解け水
軒下から滴る雪解け水

 水音は冬の終わりを告げます。屋根の雪が解けて軒下にしたたる水の音、降水は雪から雨に変わり、雨音が静かに屋根をたたく音、凍っていた小川の水がせせらぎとなって流れる音。庭では時折、雪が音を立てて崩れ落ち、雪がなくなった屋根は、そこに降りたつ鳥の足音を静寂に慣れた耳には驚くほど大きな音で家全体に響かせます。南から戻った鳥の数も増えて、森は鳥の囀りとせせらぎの音で満たされます。

 解けだした雪は森や湿原を水浸しにし、スキーは勿論、長靴で歩くのも難しくなります。おそらく動物にとっても、この時期の森を歩くのは困難なのでしょう、ヘラジカやトナカイが車道や浜辺近くに出てきて、静かに佇んでいる姿をよく見かけます。北極圏にもようやく春がやってきました。

伸びる氷柱

夜23時を回っても来たの空は明るい群青色となり、オーロラの季節の終わりを告げています。零度前後の気温が続き、氷柱は軒下に届きそうになるまで成長しました。しかし、雪は依然として降り続き、積雪量はいまだ1mを越えています。数週間前にトロムソ島にミヤコドリが戻ってきたようですが、島の海岸では視界がなくなるほどの猛吹雪になる日もあり、吹雪の中、南から帰って来た鳥たちはどのように風雪をしのいでいるのでしょうか。鳥たちとともに、春が待ち遠しい毎日です。

再び雪

家が軋むほど重く降り積もった雪
家が軋むほど重く降り積もった雪

日の出は刻々と早くなり、3月31日から時計を一時間早めて、夏時間が始まりました。もう雪解けを待つばかりと思っていた矢先に大雪が降り、今年一番の積雪量を記録しました。春の低気圧と共にやってきた雪は湿って重く、降り積もった雪はこれまでに例を見ないほど頻繁に雪崩を引き起こしています。トロムソの市街地のすぐ近くでも数十メートルの雪崩が相次ぎ、郊外では、雪崩のため車道が通行止めとなり陸の孤島と化した地域や、避難待機地域もあり、事態は深刻化しています。除雪車はや海なく走り回り、家々では雪掻きや屋根の雪下ろしで立ち働く人の姿が目立ちます。先週まで楽しげに囀っていた小鳥たちさえ、ひっそりと静まり返ってしまい、春はすっかり遠のいてしまいました。

 

春影

雪原に残る、ライチョウが着地し数歩歩いてから飛び立った跡
雪原に残る、ライチョウが着地し数歩歩いてから飛び立った跡

雪の日が続いていますが、日中は氷点下になることが少なくなり、太陽は少しづつ雪を解かし始めています。雪で覆われて平坦になっていた小さな谷間や窪みは徐々にその姿をほのめかせ、山の縁には湿った雪が重たそうに張り出しています。この時期の雪面は野ネズミの小さな足跡や雷鳥の羽跡まできれいに模り、生き物の動きが手に取るようにわかります。穏やかな陽気のせいか、森の生き物もゆったりした様子で、ヘラジカの親子がすぐ近くの木陰で休んでいたり、日中から目をパッチリを開けたオナガフクロウが気持ちよさそうに木のてっぺんに止まっていたり、トナカイは堂々と人家の脇で雪を掘り返したりしています。屋根の氷柱も成長し、雪雲の間から差し込む太陽の光で虹色に輝いています。雪景色の中にも春の日差しが感じられます。

 

春分の日

これからは昼の時間が夜を上回り、生き物たちが活発になる時期が始まります。木々の中で春をいち早く感じるものは、枝全体をうっすらと灰緑に染め、他の木々とのコントラストを見せ始めてようになりました。日中の気温もプラスとなり、屋根の雪を解かして軒下に氷柱ができるようになりました。心なしか空気も湿って柔らかく、歩くたびにきしきし音を立てていた庭の雪も、さくさくとした春の雪へと変わりつつあります。

春まだ遠く

ストラウムスブクタの湿原を見下ろす
ストラウムスブクタの湿原を見下ろす

極地の季節の移り変わりは日の長さによって感じられます。春分の日を一週間ほど先に控え、雪の明るさと相まって、日中は眩しいくらいに明るくなりました。雪が解ければもう若葉の季節と心は浮き立ちますが、寒さはまだまだ本番、うっかりするとしまい忘れた野菜が凍ってしまうほどの気温です。スキーを履いて山へ出かけてみると、先月の温暖な気候のため解けた雪が氷板となっており、その上に数十センチの新雪が積もっていました。春山のしっとりと湿気を帯びたものとは異なる、乾いたさらさらの雪は、冬がもう少し続くことを告げています。張りつめた寒気の中、3月の光を浴びて白銀に輝く峰々はこれまで以上に神々しく感じられました。

冬日之温

春に主が戻るのを待つ巣箱
春に主が戻るのを待つ巣箱

2月の末には雪解け水が洪水を引き起こすほどの異常な気候でしたが、再び、あたりは本来あるべき冬の姿に戻りました。浅い小川は水底まで凍り、朝晩の気温は-10℃となる日が続きます。寒さは依然としてその猛威をふるっていますが、太陽は日に日にその存在を強め、冷たく刺し貫く鋭い白光から、徐々に赤みを帯びた柔らかな日差しへと変わってきました。風花が舞う中、太陽の光に手を翳してみると、ほんのりと光の暖かさが感じられます。小鳥たちが木々の間を飛び交い、楽しく鳴き交わしている様子をみると、まるで春がすぐそこまで来ているような気持ちになります。

洪水

普段は雪原の下で凍っているはずの小川
普段は雪原の下で凍っているはずの小川
天気予報では北ノルウェーに洪水警報が出ていましたが、冬の最中に山の雪が解けだすことはまずありえないと思っていました。ところが、トロムソに戻ってみると、家の横の小川が大量の降雨と雪解け水のために氾濫しており、湿原もシャーベット状の雪原となって歩くことができないほどでした。週末にかけて気温は再び下がるようで、そうすると、解けかけた雪が凍って地面との間に厚い氷の層が形成されてしまいます。雪の間で生活する小動物や苔や灌木を掘り出して餌にする動物にとっては厳しい状況となり、この冬を越えられないものが多いのではないかと気になります。温暖化による異常気象が自然界に及ぼす影響は思いのほか大きく、生態系のバランスを少しづつ破壊していくような危機感を感じます。

西ノルウェー、ベルゲン

ネコヤナギの花穂
ネコヤナギの花穂

 西ノルウェーの街ベルゲンに来ています。雨が多く雪が積もることの少ないベルゲンでも、今年は零下の日が続き、市街地の間に点在する湖もすっかり凍っていました。ベルゲンはトロムソより緯度にして約10度南に位置し、日差しは北極圏のトロムソよりずっと強く、凍った湖の周りを歩いていても汗ばんでくるほどです。木々の芽はすでに膨らみ始め、ネコヤナギの花穂も顔を出し始めています。ノルウェー南部では春の兆しが見られます。

いのちの鼓動

 森の木々はまだ冬のまどろみから覚めず、木の芽を固く閉じて辛抱強く春の訪れを待っていますが、動物達の活動は日ごとに活発になってきました。厳しい寒さが続く中、床下は小動物の格好の寝床となっているようですが、床下から伸びる足跡は日々更新され、餌をさがしに頻繁に動き回っている様子が伺われます。ライチョウもよく姿を見せるようになり、北へ戻ってくる鳥の数も増えてきました。浜辺では時折海鳥が大声で鳴き交わすようになり、湿原ではフクロウほどの大きさの鳥も見かけるようになりました。春はまだ遠いものの、自然のいのちは季節の移り変わりを敏感に感じ取り、休むことなく新しい時期へと着実に進んでいるようです。

雪原の白石山

白石山から南方を望む
白石山から南方を望む

 夏にはブルーベリーやヒメシャクナゲで賑わっていた山の斜面も真っ白な雪原となり、山頂の湖も雪に覆われてその面影すら見当たりません。他の山々同様、白石山も夏とはまったく違った姿となりました。風のあたる尾根筋では、雪原に美しい風紋が刻まれ、硬く凍った模様が太陽に輝いています。また、谷間となったところには雪の表面を覆う霜花が虹色に光り、場所によっては、雷鳥が飛び立つとき雪原に残す羽跡を完全な形で見ることができるほどやわらかく、ふわふわと地面を包んでいます。白一色の雪原でも、その美しさは多様性に富んでいます。

新雪

目印のない広い雪原でも埋もった潅木をしっかりと掘り当てている。
目印のない広い雪原でも埋もった潅木をしっかりと掘り当てている。

 太陽がトロムソに姿を見せる1月21日の「太陽の日」は過ぎましたが、曇天が続いています。太陽からの直接の光はまだ見られないものの、朝9時ごろには空が群青色になり、日一日と明るくなっていくのが感じられます。空は時折、雪雲を連れてきては地面をふかふかの雪で覆います。

 雪にすっぽりと包まれた森では夏の小道も雪に隠され、川も凍って渡れるようになるので、気の向くまま自由に散策できます。とはいえ、一歩間違うと樺の若木の叢林に入り込んで身動きが取れなくなることもしばしばです。その点、森の動物達は心得たもので、雪に隠されていても自分達の道を、ときには人の道を、しっかりと把握しています。ヘラジカの足跡を辿っていれば、決して叢林にまることはなく、急斜面で立ち往生することもなく、ひらけた安全な場所に下りてくることができます。広い雪原となった湿地には方々にトナカイやヘラジカ、キツネや雷鳥の足跡が見られます。嗅覚で感じ取るのか、そういった足跡はあるところで止まり、雪を掘り分けて餌となるものを探して当てています。厳しい自然の中で生きる動物達のたくましさを感じます。

光の到来

山陰から太陽が昇るまであと数日
山陰から太陽が昇るまであと数日

太陽はもう水平線から昇るようになり、極夜の薄暮とは異なり、風景に色彩が戻ってきました。1000mを超える、雪で真っ白になった山々の頂は、すでに太陽の光を直接受けて淡紅色に輝いています。冬のまどろみから目覚めさせ、生命に活力に与える光は、日毎にその照らす範囲を広げ、トロムソの街が初日の出に包まれる日も間近となりました。

霙の一月

太陽の出ない、蒼い時間が続く森
太陽の出ない、蒼い時間が続く森

一月も上旬となり、各家庭に据えられたクリスマスツリーも撤収されて、あとは太陽が戻るのを待つばかりとなりました。トロムソの一月の気候は、年によってかなりばらつきがあり、雪のないまま気温が-20℃近く下がって、地中の動植物に大きな打撃を与えることや、逆に、零度近い日が続いて、湿った雪と霙であたり一面がシャーベット状にぐずつかせることがあります。昨年は夏らしい日がないまま、早い冬の訪れとなってしまいましたが、年が明けてからは温暖な日が続いており、森は水気を含んだ重い雪で覆われ、一足ごとにぐずっと足が地面に沈みます。霙交じりの雪が降ったりやんだりしてしており、日によっては小川の水が解け出して、さらさらと水音を響かせる日さえあります。年々積雪の時期が遅れる傾向があるようで、昨年は3月になってようやくまとまった雪が降りました。今年は太陽とともに乾いた雪がやってくることを期待したいものです。

冬至

トロムソ島、14:00。子供用の小さなゲレンデは、雪の間からまだ草が覗いています。
トロムソ島、14:00。子供用の小さなゲレンデは、雪の間からまだ草が覗いています。

 一年で一番太陽が遠い日は、樹霜があたり一面を真っ白に彩り、日の光があればこれらの樹霜が虹色に輝いて、さぞかし美しいであろうと思われました。明日から太陽が少しずつ水平線へと近づき、正午近くの、淡紅色と橙色と群青色が微妙な勾配をなして大空を彩る時間帯を除けば、青と白が基調である極地の冬の色にも少しずつ華やかさが戻ってきます。

 明るさとともに、これから雪の季節もやってきます。10月に降った雪は、踏み抜けないほどの硬さとなり、森や山道は氷となった雪の表面を、さらに霜でつるつるとコーティングして、まるで人を寄せ付けないかのように、厳しい様相をしています。氷で硬くなった地面がふかふかな新雪に覆われ、スキーで自由に森を歩けるようになるには、まだ一ヶ月は待たねばならないでしょう。